来 歴


もう一つの季節


あれはいつも先を行く
人間の世界とは縁がないというふりをして
だから梢に向かっていっぱいにひらいている欅の
そのどのあたりからが天なのか
雲の中へぼかされて風にふるえている
こまかい葉群れの煙の上に
あれが確かにひいて歩く
金色の世界が私にはいつになっても見えない
あれは決してあせらない
もしもこちら側を今日とよぶならば
私はいつもそのつめたい霧の今日にまみれて
前進も後退もならないのに
あれはいつかしら次の領域の中へ
みごとにすべりこんでしまう
どんな算術よりす早い
不思議にしなやかな精神の持ち主だ

あれは誰とも妥協しない
くらいと言えばこの上なくまっくらな
仮のすみかにとじこめられても
ひろくてはてしない大地を
定められたぶんだけたべて生きてしまう
どういう知恵が命じるからだろうか
あれが花びらのように地上を駆けぬけると
そこから春が始まるという掟があるのは

あれは誰からも見えない
あれが人間の外側の風景の中にだけ
礼儀正しく登場するということが
私にはわかるような気がする
目をつぶってしまうのはいつも私であって
あれが論理のひだの裏をすりぬけて
不意に私の前方をさえぎる
まぶしい一枚の幕なのかもしれないということが

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